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満州生まれ、広島育ちの私。
縁あって、岡崎に住み、40 年以上になる。
今ではすっかり、三河人。
その間、この地方で出会った
スバラシイ人、オモシロイ人々をご紹介。

レポーター紹介
藤田 義勝
「元祖コルゲートの仙人」川合健二(豊橋)
川合健二川合健二 元祖コルゲートハウスの川合邸元祖コルゲートハウスの川合邸
川合健二さんは、知る人ぞ知る、伝説の設備技術者で、エネルギー問題にも精通している。又、元祖コルゲートハウスの仙人として、その道の多くの人々に、知れ渡っている。
石山修武(川合さんを師と仰ぐ、建築家)著「笑う住宅」で、この地方に、二人の怪人が住んでいることを知り、早速、ナベちゃん(後述)と会いに行ったのが、二十数年前。初対面で、すっかり魅せられた。以来、毎年「仙人のみかん畑の刈り取りを手伝う」という名目で、大勢の仲間と押しかけた。仙人は、生徒の知能に合わせて、実に丁寧に、いろいろな話をしてくれた。印象に残った言葉がある。
「男は、地球に爪あとを残す仕事せにゃーいかん。」
時代の先を行き過ぎて、一匹狼のまま、十数年前に他界された。私の周りにも、仙人を慕う人が少なくない。人生の師匠であった。
「幻庵主」榎本基純(蒲郡)
若き日の榎本基純(写真中央)と渡辺博史(写真右)若き日の榎本基純(写真中央)と渡辺博史(写真右) 幻庵幻庵
前述した川合邸の集いでのディレクターが、榎本基純さん。川合さんが、いろいろと興味深い話をしてくれたのも、インタビュアーの榎本さんの深い見識によるところが大きい。そして、石山修武のデビュー作である「幻庵」という別荘の主でもある。「幻庵」での集いにもたびたび参加し、ここで、榎本さんの磁力に引き寄せられた、様々な魅力的な人々(主にアーティスト)と出会えた。
人生の達人ともいえる大きな、おおらかな人で、多くのポケット持った、本当の教養人と呼べる人だった。又、若くして「色」から解脱された、全くの自由人だった。
「私は、70 であの世に行く」と言っておられたとおり、本当に 70 才で亡くなられた。世間的には、決して有 名人ではないが、私は、榎本さんも人生の師と仰いでいる。この人と出会えたのは、本当に幸運だった。
ナイスカップル」寺川進、寺川千佳子
寺川夫妻寺川夫妻
前述した「榎本ファミリー」の集いでも、たびたびお会いしている寺川夫妻。出身は、お二人とも東京。二十数年前、妻が一時勤めていた設計事務所で、まず、千佳子さんに出会った。
千佳子さんは、早稲田大学出身の建築家。しっかり地に足をつけ、自分の立つ位地を、はっきりと見定め、ひとり、建築設計界で頑張っている。自己の信念に基づいて、人を幸せにする建築を、丁寧に創っている。メディアに登場してもいい人だが、自己PRには興味が薄い人。目立ちたがりやが多い設計界にあって、稀有な、すがすがしい人だ。建築設計だけでなく、ボランティア活動も積極的に行っている。頭が下がる。尊敬できる建築家だ。

進さんは、神経が専門の医学者。当時は、岡崎の国立分子科学研究所に、勤務されていた。正にクールで、頭脳明晰なお人。いつも笑顔を絶やさない、親しみやすい人だ。昨年、浜松医大を退官された。「最終講 義を聴いて、亭主に惚れ直した。」と千佳子さんからメールをいただき、「それでは是非、私も聞きたい。」と返信した。先だって、川合花子さん(前述した川合さんの奥様)の 94 才の誕生会を、コルゲートハウスで祝った。その時、進さんの講義を聞く会を持った。宇宙の話、専門の神経の話、フラクタルの話……。到底、全部は理解出来なかったが、とても興味深い雄大な、いいお話だった。
ご夫妻は、互いを敬っているナイスカップルだ。この二人には、いつも元気付けられる。私達夫婦の範としている。

「良きライバル」渡辺博史
子供たちに囲まれる渡辺博史子供たちに囲まれる渡辺博史
ナベちゃんは、岡崎の建築家だ。建築家というより「住宅手づくり職人」と言ったほうがいいかもしれない。私が独立して、2 年後の頃に出会った。ひょっこり私の事務所に現れ、会話を交わした。何故か、初対面からウマが合った。以来 30 年以上の付き合いだ。あちこち、よく二人で出かけ、バカなことを楽しんだ。二人とも「東海林さだお」の感性に共感する。ちょくちょく一緒に飲むが、建築のことより「人」の話をよくする。カミさんのグチであったり、小説の人物の事であったり……。常識に囚われない、おもしろいヤツだ。仕事の上では、素材を大切にする密度の高い彼の設計は、ずいぶん勉強になった。近くに良きライバルを得て、感謝している。

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