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建築家というと、「建物の形をつくる人」と思いがちです。しかし、建築家の吉元学さんにとっての建築とは、表面的なデザインのことではありません。建物がその場所にあることで、地域やそこで暮らす人々にどのような影響を与え、どのような交流を生みだすことができるのかということを大切にしています。そして、そのように生まれるコミュニケーションこそが「暮らしの豊かさの源」であり、建物のもつ可能性であることを語ります。 そんな吉元さんの日課は朝の散歩。古くから地域が育んできたコミュニティが今も残る名鉄瀬戸線の沿線を歩きながら、吉元さんが大切にするものや、その心にふれてみましょう。 散歩に同行するのは、近年、金沢21世紀美術館の企画展『愛についての100 の物語』で「徘徊する詩 ” 愛の前” 」を発表するなど、詩人として活躍する村田仁さん。発してもすぐに過ぎ去って消えてしまうような言葉を、詩という形で表現し、”言葉と共にその場の空気” を定着させていく作品を数々発表しています。 尼ケ坂駅をスタートしてはじまる「瀬戸電さんぽ」では、普段は全く違う世界で活躍する二人の、閃きのヒントも見えてきます。

尼ヶ坂駅から二人で歩きはじめて

吉元
こうやって歩くと、いかに自分の住んでいる街を見ていないかが分かります。色々な発見があり、そういうのが分かってくると、街に愛着がわいてきますよね。いつも、景色や寄り道を楽しみながら散歩をしています。
村田
いいですねぇ。気まぐれなルートを歩くのも。

尼ヶ坂地蔵堂

吉元
ここはいつ来てもおばあちゃんがいるんですよ。
おばあちゃん
(小屋の戸を開けながら)お線香もローソクあるので、自由に使ってください。この折鶴も、みんなで折って、お地蔵様にお供えしたものなのでお持ちください。お団子もどうぞ。
吉元
ここはいつもきれいに管理されていますねぇ。
おばあちゃん
毎朝4時に来て掃除をします。 もう10年くらい続けていますねぇ。
吉元
こういう宗教的な場所を地域の人たちが管理していて、その場所がコミュニティの中心になっていますよね。最近はなかなかこういう場所がなくって、ここみたいにちゃんと残っていると、なんだか、ほっとしますねぇ。
村田
このあたりは空襲もなかったみたいで、昔からの土着の文化や風習が残っているのかもしれませんね。僕も、こういう場所は新鮮です。
レポーター紹介
吉元学(よしもとまなぶ)建築家村田仁(村田仁)詩人
  • 尼ヶ坂地蔵堂
  • 尼ヶ坂地蔵堂でお参りする二人
  • 上:尼ケ坂地蔵堂
  • 下:お参りする二人

首塚社

村田
(トタン屋根を突き抜けた木を眺めて)木が屋根を貫通してる! 木に合わせて小屋を作ったんだ。
吉元
(小屋のひさしを指差しながら)こういうの、可愛いじゃないですか。細い角材やペラペラのトタンで作ってあって、”お父さんが作っちゃったガレージ” みたいで。その中で神様が大事に祀られている。それを地域の人たちが掃除をしたり、水をあげたりして大切にしているんですよね。訪れるとほっとした気分になりますね。
  • 首塚社
  • 首塚社でお参りする二人
  • 左:首塚社
  • 右:お参りする二人

蓮池弁財天石碑

吉元
蓮池はありませんが、蓮池弁財天。 弁天様っていうのは水辺の近くに祀られることが多いですよね。「昔はここに水辺があったんだ」とか、そういうことを想像するのも面白いです。
村田
昔は、ぜんぜん違った風景がここにあったのかもしれないですねぇ。
吉元
昔からのものが無くなると、過去をイメージしようと思ってもできない。
  • 蓮池弁財天石碑
  • 蓮池弁財天石碑
村田
詩人の大岡信の「地名論」という詩でも、過去の地名復興をうたっていたなぁ。大切なものを失うことへの反対を示すようなメッセージなのかも。
吉元
お社の土台をコンクリートで作るっていう発想もすごい。この、手作り感がいいですよね。地元の大工さんなんかが、寄付替わりに作ったんでしょうね。
  • 蓮池弁財天石
  • コンクリートで作られたお社の台
  • 左:蓮池弁財天石
  • 右:コンクリートで作られたお社の台

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